沖縄の闘い

琉球沖縄のアイデンティティに対する圧政との闘い

詩の終わり コロナ禍を死地と捉えてこれを超える 1

 このかつてない規模の、第三波襲来中のコロナ禍は、国(菅政権)の不適切で時宜を得ない対応の、無理筋な継続(失政を認めない、分科会の提言を無視する、自治体任せ、無責任発言)である天下の悪策愚策?GoToキャンペーン(や持続化給付金等休業補償などの制度設計不備)などにより、感染症対策も経済もいよいよ収拾の付かない大パンデミック事件(一種の戦争状態)となり、国民を戦後かつて経験したことのない奈落の底へ引きずって行くのが目に見えてハッキリしてきたと言えるだろう。軽く言えば、第三波も程なく乗り切れるだろうというのが国家政府の基本姿勢だ。

 この事実を日本国民は若年層から高齢者まで等しく共有して、待ったなしの自己保存、自律的手立てを早急に実行すべき時機に来ている(それは勿論今までやってきた自粛やステイホームばかりでなく、コロナの被害がよもや自身に及ばぬような徹底した手立てを講じるという意味だ)。自治体は既に国を見限り自律的独自対応へ向け始動した、というよりしないわけにいかなくなった。医療体制の逼迫は深刻度を増し、医療崩壊というべき事態が刻々と迫ってきている。

 現行国家政府はあってないようなものに成り下がった。むしろ存在悪でさえある(未だに5割近い支持率を献上している若年層の無知な対政権現状支持など問題外だ)。今やこの無能政権に牙をむいていつも通り安倍以来の政治批判をしている気さえ起こらない(あいつらはいずれ闇の彼方にいつの間にか消え失せているだろう)。

 政治機能不全実態は確実に、その災禍の現場たる医療従事者、医療関係者に特化して現れているし、GoToで菌がまき散らされる市中感染空間に、無下に放置されている国民生活のストレスもいや増している。また、無症状軽症者が多数を占める少年青年壮年層の、放縦と言っていい無作為の活動を抑制できずに、結果として、彼らが立ち戻る場所にいる高齢者弱者の感染、重症化、死亡者数を増幅拡大化しているという実態がある。(これには、国が国民向けに危機的状況の警鐘的メッセージを発しないという、国家機能不全状態が根底に要因としてある。こういう事態を招いた自公政権や安倍、菅内閣の責任はあらゆる意味で重い。言ってみれば後々戦犯として扱われる成り行きとさえ言えるのだろう)。

 (検察立件対象にあふれた、利権既得権エゴイズム塗れの)現行菅内閣が動く契機は当然に己らの権力保全や利得に関わること以外ないことなど最早自明の事とわかられている。GoToどころの話ではない。そんなものにかまけているのは一部の富裕層、暇人、高給取りばかりで、一般国民は最初からステイホーム、不要不急の外出自粛をしているわけで、それの経済効果は明らかに偏頗でたかが知れているばかりか、理屈から言えばやらないほうがずっとましという結果になっているわけだ。

 両是論的な二兎追い政策はいずれにしろ愚劣だ。そこに巧まれた政治的技術など全く見当たらない。しかも両是論さえ成り立たない(経済優先施策、感染症対策の希薄)。分科会提言の軽視は結局国民の命の軽視、結果するところ明らかな戦犯事案と言える。現自公政権の在り様は戦前の参謀本部のそれと相似ている。但し、当時翼賛する世情から現状の正しい認識は阻害され、今は逆に著しい情報氾濫とともに様々な見方を生み、翼賛自体を不可能にしているし結果国民はみな、ばらばらの状態で何となく自助努力だけが有効な生き方となりつつある。しかしそれは菅の言う自助とは全く意味が違う。

 つまり現在、日本人は孤独な一個人としての、精神的自律的試練を自ら自身に課す以外、生き延びる道筋が見つからないという土壇場に置かれているということ。極端に言えば「死地」に追いやられているわけだ。そこで「活路」を見出すには「死の恐怖」の超克以外ない。